カダクランのコーヒー農家さんを訪ねて

<インターン・山邊温子>

 1月18日から29日まで、アシュレイ・ラマトンさんのお家にお邪魔してきました。マウンテン・プロビンス州バーリグ町カダクラン村のコーヒー生産者です。ボントックという町からジプニーに揺られること約5時間。距離はさほど離れていませんが、途中の道路が未整備のために時間がかかります。でこぼこした土の道を、しっかりした大きなジプニーが多くの乗客と荷物を運んで行きます。

 

 そんな山の中の集落。気温はあまり高くなく、雨がよく降り、水資源がとても豊富です。美しい棚田が村中に広がっているのも、この豊かな水のおかげでしょう。しかも、驚くべきことにそれらは全て無農薬無化学肥料栽培とのこと。その棚田の合間には、道や階段が整備されています。坂を登ったり下ったりしながら、人々は徒歩で学校や他集落へ移動します。ご近所同士、みな顔見知りで和気あいあいと過ごす、そんなのどかな村です。

 

 

 アシュレイさんは、現在奥さまと2人暮らし。4人の子どもたち(15〜25歳)は、すでに親元を離れ、遠くの地で仕事や学業に励んでいます。生まれも育ちもカダクランというアシュレイさんは、村を離れた時期はあるものの、1998年からコーヒー栽培を少しずつ始めました。コーヒー農場は、家の近くのものと少し離れた山の上のもの、育苗所の3箇所あります。

 

 それでは、アシュレイさんの実践しているコーヒー栽培の秘密を紹介したいと思います。それは、化学肥料や農薬を一切使わず、さらには追肥も自然に任せてしまうという自然農法です。その農法の大事なポイントは、植物や生き物の多様性を維持するということでした。

 まず、コーヒーの木の生育に陰と栄養を与える植物の多様性です。コーヒーの木は直射日光を好みません。そのため、苗木は、木のたくさん生えている森の中に定植されることが望ましいと考えられています。なんとアシュレイさんは、その木々を自ら植えてしまいました。

 しかも、植物の生育に必要な3大栄養素(窒素、リン、カリウム)を供給する植物をバランス良く選んでいるのです。例えば、バナナやアルナスという木からは窒素、タイガーグラスやビターナッツからはリン、ラタンやウォーターツリーからはカリウムが供給されるという具合です。(聞き慣れない植物ばかりかと思いますが、それも地域特有の木が利用されているという証です。)

 

 これらの木々の落ち葉が、地表に積もり、微生物に分解され堆肥となり、木が育つ栄養になります。にわとりやねずみも自由にその土の上を歩き回り、彼らの糞尿も貴重な肥料となります。周りに生える雑草も資源の一つです。

 定期的に、コーヒーの木が雑草に埋もれてしまわないよう、その周辺のクリーニングを行うのですが、刈り取った雑草はそのまま地面に置いておきます。その雑草も微生物に分解され、やがて肥料となるためです。あくまで、自然の循環を尊重し、自然に任せるという農法です。

 

クリーニング後の農場
クリーニング後の農場

 

 実はこの農場、以前は棚田でした。アシュレイさんご自身がコーヒーを植えるために植林を始めたのですが、まるで天然の森のような多様性です。この森そのものが、生物多様性の価値を理解し、生き物や植物を活かしながら、人に必要な作物をいただくという、彼の思想の現れでしょう。森の中には、サヨテやポメロ(ハッサクのようなもの)、里芋、さとうきび、生姜などが植えてあり、それらは人間や家畜(にわとり、ぶた、魚)がいただきます。しかし、完熟して地面に落ちたものは、肥料となるためそのまま置いておくのです。よく口にする言葉は「Let it be(あるがままであれ)」。人が手を加えるのではなく、自然がなるようになるのに任せれば良いという哲学を持っていらっしゃいました。

 

里芋(右)とさとうきび(左奥)
里芋(右)とさとうきび(左奥)

 

 もちろん、このような環境でもコーヒーの生育に影響を与えてしまう虫や病気が発生し、頭を悩まされることもあります。特に注意なものは穿孔虫です。これは、コーヒーの木や実の中に入り込み、中から侵食してしまうという虫です。穿孔虫に食された部分は切り落とさなくてはいけません。

 対策としては、カリエンドラという木をおとりとして一緒に植えることで、その虫がコーヒーの木にやってくることを防いでいます。決して農薬や殺虫剤は使いません。特定の虫を殺してしまうと、他の虫が増えてしまうからだそうです。生態系のバランスを崩してしまい、結果的に害虫の大発生につながってしまうのです。

 

穿孔虫の被害にあった幹
穿孔虫の被害にあった幹
カリエンドラ
カリエンドラ

 

 この自然農法、シンプルな手法ですが、実践するのはとても大変です。急斜面の森の中に、多種多様な植物と動物たち。道なき山道を登り、農場に行くのも一苦労です。慣れない人が入ると、滑り落ちないようにと必死で、周りの様子を見る余裕はありません。

 

 区画整備された平地の大農園と比べると、どこにどのような木があるのか、いつ植えたものなのか、生育は順調なのか、収穫時期はいつなのか等、管理することがとても難しいです。しかし、彼は手に取るようにそれを把握していました。その管理方法のポイントは、記録と観察です。いつどのような木をどのエリアに植えたかということを、台風などの被害も含めて、ノートに記録しているのです。

 また、コーヒーの生育状況をこまめに観察し、それに合わせて様々な手法を試していました。例えば、苗木を定植する際、あえて斜めに植えるという手法を取っています。その苗木から生えてきた新しい芽をまっすぐ育つようにし、斜めの古い枝を切り落とします。こうすることで、台風時にも倒れにくく、健康な木が育つと発見したそうです。また、一般的に、コーヒーの苗木は深い穴を掘ってたくさんの肥料と一緒に定植されますが、それも彼独自の手法があります。すでに肥えた土に定植するため、あえて浅く掘り、肥料を入れずに定植するのです。自らの注意深い観察によって、独自の栽培方法を確立しているようでした。

 

斜めに定植した苗木
斜めに定植した苗木

 

 今回は、やや技術的なお話になってしまいましたが、アシュレイさんの農場が創意工夫に富んだものであるということが、お分かりいただけましたでしょうか。そして、彼は自らの経験と観察による学びや技術を喜んで教えてくれました。このような姿勢が、村や地域全体の持続可能なコーヒー生産につながっていくのだと思います。アシュレイさん、そして毎日おいしいご飯を用意してくださった奥さまに感謝でいっぱいの10日間でした。

 

アシュレイと奥様のエヴィリン
アシュレイと奥様のエヴィリン